文化人類学者 竹村真一氏「中東は文化のゆりかご」卓話

中東は文化のゆりかご…。代官山ロータリー、文化人類学者の竹村真一先生をゲストに迎えての卓話シリーズ、第三回目。今回も聞き手を務めました。前回に続きドラマチックなジェットコースター。有史以前の定住と農耕をめぐる話は、ジャレッド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』の文脈とも重なる人類史。洪水を繰り返す川沿いの文明から始まる地球の測量。geo-metry、地測とは、即ち幾何学の起源。地球の丸さを2300年前から知っていたギリシア人たち。その目線は地球観あくまで航海者のそれ。

そしてクリスマスは、錬金術は代数学は、ルネサンスは科学の芽吹きは、コーヒーはどこから来たか。そこから派生する新聞はサロンは、株式会社は保険会社は。

少し切り口を変えて。イスラームは声の文化、耳の文化。一方日本人はもっと「もじもじした」文字に慣れ親しんだ民族。桜、皐月、早苗、五月雨のおなじ意味である「さ」の音に、別々の漢字をあてる「目>耳」の文化とってしまった。一方で14億人のコーランはすべてアラビア語。文字は凍結された思想。それを解凍しなければならない。

黙読というものを最近まで知らなかった人類は、耳鼻科系経由の情報に親しんできた。それが最近、視覚に偏重してしまっている。第1次声の文化が口承伝承で、第2次声の文化が電話、ラジオだとするならば、我らはいま第3次の文化を経験している。音声認識の時代。

さて中東の軋轢は宗教問題は、シオニズムはどこからきたか。それらを仲介できるかもしれない、特定の宗教によらない日本人は今、なにを見つめるべきか。そのとき石油に代わる未来のエネルギー源は。地球大の神経系を結ぶネットワークを手にした人間は、その時代の我々の地球観は、何を捉えるか。

目眩く夜の、知の洪水。肥沃な刺激を聞き手にもたらすもの、味わいました。本来7回くらいの講義に分けられそうな膨大なトピックを、驚きの一晩で。いやはや濃密。連続イベントにしても良いかもしれません。

なによりも、竹村先生自身がここでのテーマに縛られすぎないジェットコースターのような卓話の展開を楽しんでくださっているということが、だからこそ三回連続シリーズが実現したということが、なによりもありがたい限りです。