流れる詩、流れる川、流れる血

ザルツブルグでのセミナーの最後の朝。前夜の晩餐会を終え、静かな朝食のテーブルについて、マイアという女性の話を聞いていた。彼女はアメリカのデトロイトで小さな書店を営んでいて、夜には、作家や詩人を招き朗読会を催しているそうだった。

普段紹介するのは英語の本が中心だけど、あるとき知人の女性と、誰もわからない遠くの言語で書かれた詩の朗読会を開いたとのことだった。意味はわからない、でも意味を超えてその声は、囁きは、外の車の音、流れる川の音と混じり合う。小さな書店の少人数の観客はみな流れの中で夢を見た。「彼女の母語も、ユネスコの消滅危機言語だから」と彼女が言った、その「も」が気になった。「マイアの母語も消滅危機言語なの?」彼女の高い鼻や大きなや青い目の色は、僕の分からない遠いところの土地を思わせた。

IMG_0379.jpg

彼女は生まれた土地や母語を言う代わりに、左手の袖をめくってみせた。細かなうねりのある、Y字の黒い線のタトゥー。これは? 

「チグリスと、ユーフラテス。」描かれているのは、川を示す地図だった。マイアは右手の人差指で、確かチグリスの上流を指した。イランのあたりだったろうか。「ここが、私の家」。 

黒いタトゥーは、その言葉によって、川の流れに変わっていった。脈を測る手首の近くに、血管の浮かぶ腕の内側にこれがあるのは必然のようだった。彼女の血の中に文化の遺伝子が流れるように、彼女の血とチグリスの流れは重なっている。詩を朗読した彼女の友人の話が重なる。流れていく意味。流れていく川。流れていく血、流れていく文化の遺伝子。出自を腕の内側に携えて生きる彼女の語りは、デトロイトという都市から遠い、文明の起源を、同じひとつの流れの上に置いた。